最近高速道路を走っていると、この車両を良く見かける。
ネットで調べたら軽装甲機動車という名前だった。
色んな意味で世相を反映してるなあ。
2013年2月21日木曜日
2013年2月10日日曜日
リムカ
インドに最初に行ったのは、1985年で30年ほど前になる。
学生の卒業旅行みたいな感じで、初めての海外旅行だった。2週間ほど仏教遺跡中心に巡る旅で、当時は美術部に入部していて
その顧問の先生が、色々遺跡の説明をしてくれるといったツアーだった。
まだペットボトルは一般的ではなく、水事情の悪いインドでは
もっぱら道ばたで売っているチャイと瓶入りのリムカを飲んでいた。
国産のコカコーラもどきもあったと思うが、あんまり美味しくなかったのか
印象に残っていない。
その時、とてもリムカが美味しい印象があり、次に6年後の1991年に
ハニームーンでまたインドに来た時も、リムカを良く飲んだ。
この頃は、ペットボトルに入った水が出回っていたが、ぺなぺなの薄い
素材だったのと、加工の問題だったのか、プラスチック臭がしていたので
やっぱりリムカ、チャイがメインで、タンゴマンゴという濃い味のジュースも
良く飲んだ。
今度は、22年ぶりにインドに行ったが、過去にあれだけ出回っていたリムカが
見つけることがかなり困難になっていった。ペプシや’7アップ、マウンテンビュー
(ちょっとマイナーか)ミリンダ(懐かしい)、コカコーラなどが台頭していた。
チャイも以前は使い捨ての素焼きの容れ物で風情があったが
今回はほとんど見つけることが出来ず
紙コップやプラスチックコップが主流になっていた。
インドに来て3日目に観光地近くの売店でリムカを見つけてさっそく飲んでみた。
もう瓶入りはなくて、全部ペットボトルになっていたが・・・。
飲んだ印象は、「うん?こんな軽い味だったかな?」だった。
口に触れる部分が、太い瓶と細いペットボトルの違いがあるのかも知れないし
以前飲んだのが、気温30度や40度の場所だったので、冬のインド(10度ぐらい)
だと、同じ液体でも味が変わるのかも知れない。
あと、ペットボトルのキャップを見ると、coca colaのロゴが入っていて
確か昔は国産のブランドだったので
途中で吸収合併されたのかも知れないなと思う。
その時にリニューアルしたのだろうと密かに考えている。
おみやげに、スーツケースに5本のリムカを忍ばせて
上の子(ドクターペッパー好き)に飲ませたが
特別美味しいとは感じなかったみたいだった。
2013年2月9日土曜日
3連休1日目
来週の水曜日に仕事関係の発表があり、資料作りをしないといけないが、天気が良い日に部屋にこもっていてもストレスが溜まるので、お昼過ぎに家を出る。
いつものサイクルロードを走るが、途中からイノシシ出没のため通行止めになっていた。その先は大阪府警が去年の夏ぐらいからテントを張って色々掘り起こしているので(ネットで調べると遺棄事件みたい)ますます走りにくくなって来た。富田林から河南町方面に向かって走り、帰りに駒ケ谷のときでパンを買って帰る。タケウチに比するほど美味しい。ハード系はチーズと赤ワインが欲しくなる。
いつものサイクルロードを走るが、途中からイノシシ出没のため通行止めになっていた。その先は大阪府警が去年の夏ぐらいからテントを張って色々掘り起こしているので(ネットで調べると遺棄事件みたい)ますます走りにくくなって来た。富田林から河南町方面に向かって走り、帰りに駒ケ谷のときでパンを買って帰る。タケウチに比するほど美味しい。ハード系はチーズと赤ワインが欲しくなる。
2013年2月3日日曜日
クリムト展
久しぶりに愛知県立美術館に行く。
確か1999年頃に関根正二展を観に来たことがあるので、14年ぶり位になる。その時は、のんびりと特急に乗らずに、名古屋まで行ったが今回は夜に用事があったので、行き帰り共近鉄特急を使う。クリムトが日本に来る時は出来るだけ観に行くようにしたい。今回は7年ほど前に兵庫県立での展覧会以来の対面であった。あんまり大作は無かったが、良質な作品が多かったのと照明とかレイアウトが的確だったので、満足のいく展覧会だった。あと土曜日だが丁度お昼時にいったせいか観客が予想外に少なくイスに座りながら作品とじっくりにらっめこできたのが良かった。日本初公開の最晩年の「赤子」という作品をじっくり観ることが出来た。解説には書いてなかったが未完の作品だったのだと思う。色々散りばめられた色彩正方形のキャンバスに、輪廻を感じさせるような構図がウイーンの世紀末を想起させる。
確か1999年頃に関根正二展を観に来たことがあるので、14年ぶり位になる。その時は、のんびりと特急に乗らずに、名古屋まで行ったが今回は夜に用事があったので、行き帰り共近鉄特急を使う。クリムトが日本に来る時は出来るだけ観に行くようにしたい。今回は7年ほど前に兵庫県立での展覧会以来の対面であった。あんまり大作は無かったが、良質な作品が多かったのと照明とかレイアウトが的確だったので、満足のいく展覧会だった。あと土曜日だが丁度お昼時にいったせいか観客が予想外に少なくイスに座りながら作品とじっくりにらっめこできたのが良かった。日本初公開の最晩年の「赤子」という作品をじっくり観ることが出来た。解説には書いてなかったが未完の作品だったのだと思う。色々散りばめられた色彩正方形のキャンバスに、輪廻を感じさせるような構図がウイーンの世紀末を想起させる。
ボブマーリィなど
リックの図書館で、ONE LOVE ザベリーベストオブボブマーリィを借りる。レゲエのルーツは、あまり知らないが、70年代の頃が、一番聴いていて飽きない。クラシックが後期ロマン派で大きなピークを迎えた様に、ジャズがモダンジャズで、絵画は、ピカソの出現で大きくターニングポイントを迎えた様に、レゲエでは、ボブマーリーが、大きな分水嶺になっていると思う。同じく図書館で借りたレゲエグレーテストヒットには、レゲエの原形になるような人の歌が多数含まれているが、やはり一つのローカルな民族音楽を、ジャズやブルースのように、グローバルな音楽に仕上げたボブマーリーの音感が凄い。齢を重ねたら、海辺の松林の中でハンモックの中で揺られながら、ボブマーリーを聴きながら昼寝をしてみたい。
2013年1月27日日曜日
ケルビムUL1
久しぶりにケルビムのUL1を引っ張りだす。
クロモリだが、カーボン並みに軽くて乗りやすいので、ツーリング気分で走る時に結構重宝している。
ブルプロのスワローとか、古典的なチューブラホイールを付けて、あえて今風のレーサーぽい作りにはしていないが、ヒルクライムもキビキビと登ってくれる。ただ105のチェーンホイルは替えたいなあ・・・。
クロモリだが、カーボン並みに軽くて乗りやすいので、ツーリング気分で走る時に結構重宝している。
ブルプロのスワローとか、古典的なチューブラホイールを付けて、あえて今風のレーサーぽい作りにはしていないが、ヒルクライムもキビキビと登ってくれる。ただ105のチェーンホイルは替えたいなあ・・・。
とりあえず寒い。太陽は雲から出たり入ったり
2013年1月26日土曜日
石川CR
今日はかなり冷えて、最高気温が5℃ぐらいだったので、あんまり走っている人を見かけない。サッカーとかは、やっている人が多かったが・・・。
スタートが遅かったので軽く流して帰る。月曜日に仕事がらみの発表があるので
その文章作りをしないといけない。
2013年1月1日火曜日
新年・・・
新年をベナレスで迎えました。
コール・オブ・デューティーみたいな光景のところを歩きます。
徐々に夜が明けてきますが、街は喧噪に包まれています。
携帯を弄りながら歩く愚息、日本とちゃうねんで!
いきなり握手を求めてきて、あっという間にマッサージをする確信犯。
初日の出、対岸は建物はありません。
朝は寒くて10℃も無いので、沐浴するには、強い意志が必要です。
時間が経つにつれて、だんだん人が増えて来ました。
以前は手漕ぎのボートだけだったのに
最近はポンポン船が増えました。
2012年12月31日月曜日
インド時間の列車運行
前日に夜行列車が象と衝突したとかで、ベナレス着が6時間ほど遅れていた。
途中で頻繁に列車が止まるので、乗客は線路に下りていた。
律の後ろのおっちゃんは色々話しかけてきた。
トイレットペーパーの無いトイレ、備え付けのカップで
左手を濡らし拭くのだと思う。多分・・・
車窓から見えた光景、小学生ぐらいの子供も必死に働いている。
2012年12月30日日曜日
夜行電車でGO!
夜にニューデリーの駅から夜行列車に乗りました。
駅とか橋は、軍事的な目標になるため、写真を撮ると
お巡りさんに注意されるので、こっそり撮ってみました。
子供の頃(1960年代)の大阪駅って
こんな感じだったかな・・・
ちょっとはにかんだ感じのインドの子供達でした。
みんなが下りた後の通勤電車、ワイルド過ぎる!
リュックを枕代わりにしたら、足がはみ出そうなベッド
大きいインドの人は、素足を通路ににゅっと出していました。
気にしていたら、寝られません。
2012年12月29日土曜日
2012年12月23日日曜日
法隆寺周辺
今日はちょっと天気が良かったので、午前中法隆寺周辺まで走りに行く。奈良県のサイクルロードを、王寺辺りからiPhoneで探しながら走ったが、途中で解らなくなった。
河川敷の道で間違いないのだろうが、標識も何も無く農道みたいな処に入って行ったが、交通量も少ないのでまあ良かった。帰りに天候が急変し驟雨に巻込まれたのには残念。
河川敷の道で間違いないのだろうが、標識も何も無く農道みたいな処に入って行ったが、交通量も少ないのでまあ良かった。帰りに天候が急変し驟雨に巻込まれたのには残念。
2012年12月22日土曜日
2012年12月9日日曜日
2012年12月8日土曜日
のんびりした土曜日
午前中、医院に行く。悪玉コレステロールが多いので薬をもらう。
昼からサイクリングするが、風が強く河川敷は結構走りにくい。
暗くなるのが早いので、17時前に帰路につくが木枯らしが鳴っている。
昼から晴れて来たが、冬の夕焼けは、なんか寂しいなあ。
日が暮れてから、トライアルバイクをずっと放置していたので、半年ぶりぐらいにエンジンを掛けようとするが、なぜかスロットルが固着し、ガソリンコックを開くとオーバーフローしていた。久しぶりにタンクとシートカウルをおろして
キャブのフロート室をコンコンと叩くととりあえずオーバーフローは止まった。
このバイクはキャブが弄りにくいので(手が入るスペースがない)簡単に終わって良かった。もう遅いのでエンジンを掛けるのは明日にする。
話題になって久しかった、iphone用の劇画化する面白いソフトを入手する。
昼からサイクリングするが、風が強く河川敷は結構走りにくい。
暗くなるのが早いので、17時前に帰路につくが木枯らしが鳴っている。
昼から晴れて来たが、冬の夕焼けは、なんか寂しいなあ。
日が暮れてから、トライアルバイクをずっと放置していたので、半年ぶりぐらいにエンジンを掛けようとするが、なぜかスロットルが固着し、ガソリンコックを開くとオーバーフローしていた。久しぶりにタンクとシートカウルをおろして
キャブのフロート室をコンコンと叩くととりあえずオーバーフローは止まった。
このバイクはキャブが弄りにくいので(手が入るスペースがない)簡単に終わって良かった。もう遅いのでエンジンを掛けるのは明日にする。
話題になって久しかった、iphone用の劇画化する面白いソフトを入手する。
2012年11月18日日曜日
スペシャライズド スタンプジャンパーM4 2002年頃?
久しぶりにスペシャライズドを引っ張りだす。前から付けていたタイヤがひび割れてきたため、ユッチンソンのダート用に変える。
近い内に両面用のペダルをシマノのSPDペダルに交換したい。
いつか山辺の道をのんびり探索したいなと思う。
2012年11月4日日曜日
saeco
アンカーのカーボンを購入した後、しばらく乗る機会がなかったキヤノンデールだが以前からあったチューブラーホイールを装着して遊んでみた。基本は街乗りで一瞬フラットバーでもと考えてみたが、あんまり昔のイメージを壊すのもどうかと思うので、その他は出来るだけいじらないようにしていた。元々癖のないスケルトンなので遠目で見ても結構シンプルなデザインで良いなあと思う。グラフィックも派手ではあるが、古典的な感じである。イマドキのレーサーとは違ってあんまり凶暴に見えないのが良い。
Y'sロードで買った一番安いチューブラーをはめているが、まあ無難な感じかな。以前カラーの(黄緑や赤色)のタイヤをはめていたが、片方がパンクしたりすると、中々替えの同じ色のタイヤが入手出来なくて苦労するので、無難な黒にした。年末年始カフェレーサー的な使い方になるのかな。
Y'sロードで買った一番安いチューブラーをはめているが、まあ無難な感じかな。以前カラーの(黄緑や赤色)のタイヤをはめていたが、片方がパンクしたりすると、中々替えの同じ色のタイヤが入手出来なくて苦労するので、無難な黒にした。年末年始カフェレーサー的な使い方になるのかな。
2004年2月3日火曜日
秦テルヲ展
ある作品をチラッと見てから気になっていた、秦テルヲ展を観に行く。なかなかGOOD。大正時代から戦前にかけての画家で、初めての回顧展らしい。どういう人なのか全然知らなかったが、見応えのある絵が多く、思わず時間をかけて展示会場を2周してしまった。大正時代の明るいデカダンスから、途中ルオーに似た作風の作品になったり、後半仏画(不動明王など)が多くなったりと、作風を色々と変えていくが、どれも丁寧に描かれており、竹久夢二のように感覚的、即興的に描かれたものは少なく、味わい深い作品が多い。大正時代の日本画は、割と好きな時代であり、秦テルヲはその当時はやったアールヌーヴォーのやさしい色調と、世紀末のデカダンとエロティシズムとモボモガの時代の空気をうまく織り込んでおり、同時代の画家と一緒に展示されていたが、どの画家もこの時代(大正期)ではのびのび描いているように思う。時代の空気が、閉塞感と無縁だったのだろ。同じフロアに展示されていた画家で特に気になったのが、まったくの未知の人だが千種掃雲という秦テルヲの小学校の恩師の作品で数点出ていたが、いずれも出来が良く作風がややアカデミックではあるが、綺麗な色使い、安定した構図。清潔感のある画風で観ていて気持ち良かった。竹久夢二も、作品がたくさん出品されており、今までは人物画の甘いセンチメンタルな作風のみの印象があり、あんまり関心がなかったのであるが、印刷物でなく肉筆の作品を見てみると、元祖ヘタウマの作品が多く、自己の感覚に腕がついていかず、塗りいそいだ即興性のある作風が意外で現代に通じる感性みたいなものがあったが、大正という時代はそういう雰囲気を生み出し、許容していたのだろう。昭和に入ってから、仏画が多くなりこれは良く解らないが、人に見せるのと同じだけ自己の魂の救済の為に描いているように思う。晩年は、原因不明の病に侵され不遇だったそうで、屏風のような作品から、画文集みたいな形態に変化している。色々と文を添えているが、漢文風なので大意しか解らないが、人生について語っているようだ。個人的に好きな、夭折の画家2人、関根正二と村山塊タがもし長生きをしていたら、秦テルヲのような作風になっていたような気がするとぼんやりと考えてみた。
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