2004年2月3日火曜日

秦テルヲ展


ある作品をチラッと見てから気になっていた、秦テルヲ展を観に行く。なかなかGOOD。大正時代から戦前にかけての画家で、初めての回顧展らしい。どういう人なのか全然知らなかったが、見応えのある絵が多く、思わず時間をかけて展示会場を2周してしまった。大正時代の明るいデカダンスから、途中ルオーに似た作風の作品になったり、後半仏画(不動明王など)が多くなったりと、作風を色々と変えていくが、どれも丁寧に描かれており、竹久夢二のように感覚的、即興的に描かれたものは少なく、味わい深い作品が多い。大正時代の日本画は、割と好きな時代であり、秦テルヲはその当時はやったアールヌーヴォーのやさしい色調と、世紀末のデカダンとエロティシズムとモボモガの時代の空気をうまく織り込んでおり、同時代の画家と一緒に展示されていたが、どの画家もこの時代(大正期)ではのびのび描いているように思う。時代の空気が、閉塞感と無縁だったのだろ。同じフロアに展示されていた画家で特に気になったのが、まったくの未知の人だが千種掃雲という秦テルヲの小学校の恩師の作品で数点出ていたが、いずれも出来が良く作風がややアカデミックではあるが、綺麗な色使い、安定した構図。清潔感のある画風で観ていて気持ち良かった。竹久夢二も、作品がたくさん出品されており、今までは人物画の甘いセンチメンタルな作風のみの印象があり、あんまり関心がなかったのであるが、印刷物でなく肉筆の作品を見てみると、元祖ヘタウマの作品が多く、自己の感覚に腕がついていかず、塗りいそいだ即興性のある作風が意外で現代に通じる感性みたいなものがあったが、大正という時代はそういう雰囲気を生み出し、許容していたのだろう。昭和に入ってから、仏画が多くなりこれは良く解らないが、人に見せるのと同じだけ自己の魂の救済の為に描いているように思う。晩年は、原因不明の病に侵され不遇だったそうで、屏風のような作品から、画文集みたいな形態に変化している。色々と文を添えているが、漢文風なので大意しか解らないが、人生について語っているようだ。個人的に好きな、夭折の画家2人、関根正二と村山塊タがもし長生きをしていたら、秦テルヲのような作風になっていたような気がするとぼんやりと考えてみた。

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